抜けるのは一瞬

あーちゃんの所へ行くと、この日も

と訴えかけてくるあーちゃん。
あーちゃんのお財布の中身は260円で合っている。自動販売機でペットボトルを2本買えるだけお金を入れておいた。
だが、前日にはその260円がお財布に入っていなかったのも確認している。
あーちゃんは前日に隠した260円をまた出してきてお財布に戻したのだろう。
ワフウフはお散歩しながらゆっくりとあーちゃんに説明した。
あーちゃんは初めて聞くみたいに
と驚いていた。

歩きながらひたすら繰り返されるこのやり取り。
ツ、ツラい…。
10回以上はこの会話を繰り返しただろうか、でも、いつものお散歩コースの商店街に差し掛かる頃にあーちゃんはやっと
「そうだったのね、そんなに血糖値が高くなっちゃったのね、それは本当に気をつけないといけないわね!」
と言うようになった。
何度も何度も同じ会話を繰り返したかいがあって、あーちゃんの頭の中に「自分の血糖値が過去最高に高い」という事がインプットされたようだった。
商店街を歩きながら、八百屋さんの前に差し掛かる前に、
あーちゃんを牽制すると、あーちゃんは素直に頷いた。
よしよし、ちゃんと分かっているぞと思ったのも束の間。
やっぱり八百屋さんの前で足が止まるあーちゃん。
「あーちゃん、りんごは買わないからね!」
と言ってあーちゃんを見ると、言い聞かせたせいかりんごは見ていない。
あーちゃんが見ていたのは、焼き芋だった。
うっとりとした顔で言うあーちゃん。
視線は焼き芋に釘付けで促しても身体も動かない。
少し強く言って腕を引っ張るとやっとあーちゃんがこちらを見た。
そして、
焼き芋を見ている間に、先ほどまで死ぬほど繰り返した会話の内容があーちゃんの頭からすっかり消えてしまった…。
恐るべし焼き芋。
記憶ってこんなにも簡単に抜け落ちるものなのね。

Source: アルツハイマー